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アメリカ犯罪史の中で、史上最悪レベルと言われているシリアルキラー、アルバート・フィッシュは、1910年から1934年までに400人を殺したと自供している。
肉を食べる目的で殺害したり、犯行が満月の日に行われたことが多かったことから「ブルックリンの吸血鬼」「満月の狂人」「グレイマン」の異名を持つ。
彼が実際に行った犯行は脚色されたフィクション作品よりも恐ろしいレベルなのだが、彼の生い立ちや子供時代の経験は心のうちに暗黒のインクを一滴ずつ落としていった。
そして、その闇の養分を吸い取った体内のモンスターは徐々に成長し、ついには表面化するまでとなる。
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10. 悲惨な子供時代
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アルバート・フィッシュは1870年5月19日、ワシントンD.C.でハミルトン・ハワード・フィッシュとして生まれた。
母親が幻覚を見るという症状を患っていたほか、重度の精神疾患を患っている親族が何人かいた。親族の少なくとも2人は精神病院で死亡している。
父親が死んだあと、フィッシュはセントジョン孤児院に預けられ、そこで教師からひどい虐待を受けるようになった。ほかの生徒が見ている前で、服を裂かれ、鞭で打たれたのだ。
心理学者は、のちに彼が行うようになった被害者を拷問で死に追いやるという行為は、このときの苦痛を他者に強いるためのものだと考えている。
母親がようやく職にありつくと、フィッシュは再び母親と暮らすようになった。だが、そのときにはすでに大きな精神的ダメージを受けており、11歳までおねしょをしたという。
彼は同年代の子供から”ハム・アンド・エッグ”と名前を揶揄されることがあったため、10代のときに、ハミルトンという名をアルバートに改名した。
9. 裏切りと別離と生肉
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1898年、母親の紹介で9歳年下のアナ・マリー・ホフマンと結婚。19年の結婚生活で、6人の子供をもうけたが、妻はよそに男を作り、離婚した。
この裏切りと別離がフィッシュの凶行の引き金になったようだ。彼は自傷行為を行い、生の肉を食べるようになった。こうした血なまぐさい生活が、やがて彼の血への飢えを満たすカニバリズムへとつながっていったのかもしれない。
警察の取り調べで、フィッシュはこう自白している。「(被害者の)耳や鼻なんかの顔の部分とか、お腹でシチューを作りましたよ。玉ねぎ、人参、かぶ、セロリ、あと塩コショウを入れましてね。美味かった」
さらにこう続ける。「2時間もすると、いい感じにアメ色になります。どんな七面鳥のローストだって、味はその半分にも満たないですよ」
8. 自傷行為
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image credit:Pelvis of Albert Fish (X-ray)
フィッシュが12歳のとき、ある少年に出会い食糞と飲尿を覚えた。また公衆トイレに行っては、ズボンを脱ぐ少年たちを覗くようにもなった。
後年、彼の性的倒錯はさらに悪化し、自傷行為まで行うようになった。フィッシュは我が子にいろいろな物で自分の尻を叩くように命じた。
またよく知られているのが、自分の陰嚢に釘を刺す性癖があったことだ。裁判で証拠として提示されたレントゲン写真には、陰嚢の中に12本の釘が写っていた。
法廷では、精神科医によって、性的倒錯は、サディズム、マゾヒズム、露出症、カニバリズム、汚食症、嗜尿症、小児性愛、陰門封鎖であると証言されている。
フィッシュ自身は、「他人に痛みを与えたり、反対に痛めつけてもらったりという欲求が昔からありました。痛いことならなんでも楽しんでいたように思います」と述べている。
7. 狙われた子供たち
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フィッシュは子供を狙った。彼の犯行であるとはっきりしている犠牲者は、1924年のフランシス・マクドネル(8歳)、1927年のビリー・ガフニー(4歳)、1928年のグレース・バッド(10歳)の3人である。
彼が告発されたのはこの3人の殺人容疑によってであるが、実際に殺された犠牲者はもっと多い可能性がある。
たとえば12歳のイェッタ・アブラモウィッツもフィッシュの犠牲者ではないかと疑われている。彼女はブロンクスで”背の高い男”に殴られ、絞殺された。同じ年にガフニーが殺されているため、背の高い男とはフィッシュのことだと考えられている。
同じような特徴を持つ男が、少女を暗がりに誘おうとしているところも目撃されている。そして1932年に、クイーンズの林の中でマリー・エレン・オコーナー(16歳)の切断された死体が発見された。その犯行時間には、フィッシュが付近の家にペンキを塗っていたことが判明している。
6. トーマス・ケッデンの拷問
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1910年、まだ結婚生活を続けていたフィッシュは、19歳のトーマス・ケッデンと出会う。フィッシュの供述によると、ケッデンは少々知能が遅れていたようだ。フィッシュはそこに付け込んだ。
彼はケッデンを農家の古い家屋に連れ込み、2週間ずっと拷問を加えた。挙句、体を縛って、男性器まで切断した。
フィッシュはこのときのことを回想し、「彼の悲鳴やその姿は忘れられません」と述べている。
フィッシュには明らかに殺意があった。だが、気温がかなり高かったために、腐敗臭で足がつくのではと彼は恐れた。
そこで傷口に過酸化物をかけて、10ドル札と切断した男性器だけを持ってケッデンを置き去りにした。
「始発列車で帰宅しました。彼がどうなったのか知りませんし、知ろうともしませんでした」とフィッシュは話している。
5. フランシス・マクドネルの殺害
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1924年7月14日、フランシス・マクドネル(当時8歳)の両親は、子供が行方不明になったと警察に通報した。
マクドネルが最後に目撃されたのは、スタテンアイランド近くで友達とキャッチボールをしている姿だ。その友達の証言によると、グレーのヒゲを生やした男と一緒にどこかへ行ったのだという。
この話を聞いて、母親はその男を見たことがあると証言した。
「ぶつぶつ言いながら通りをウロウロしていました。手の動きも変でした。髪の毛はグレーで、ヒゲもグレーで伸びていました。全部が色あせてくすんでいた印象があります」
捜索によって、木に吊られたマクドネルの遺体が発見された。暴行を受け、サスペンダーで絞殺されていた。
左足は皮がむけ肉が見えていた。フィッシュの供述によると、このとき男性器を切り取るつもりだったが、人が近寄ってきたので逃げたのだという。
4. ビリー・ガフニーの殺害
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2番目の犯行は1927年2月11日のことだ。
犠牲者は当時4歳のビリー・ガフニーで、ブルックリンにあるアパートの外で友達2人と遊んでいたところ、”ブギーマン”に連れ去られたのだという。
まず容疑をかけられたのは連続殺人鬼のペーテル・クジアノフスキ(Peter Kudzinowski)だった。しかし、犯行のあった日、ガフニーらしき子を引きずるフィッシュを目撃したという証言が得られた。
フィッシュは自身の弁護士に、この殺人について綴った次のような手紙を送っている。
「その子をライカーアヴェニューに連れて行きました。ゴミだめです。彼を連れ去ったところからそう遠くない場所に、一軒だけ建つ家があります。裸にして、手足を縛り、ゴミの中から拾った汚い布切れでさるぐつわをしました。」
「それから服を焼いてしまいしました。靴はゴミの中に捨てました。翌日の午後2時くらいに、適度な重さのムチを用意しました。自分のベルトを半分に切って、その半分それぞれにさらに20センチくらいの切れ込みを入れて6本の房のように分けたのです。」
フィッシュはガフニーの殺人容疑で有罪となったが、この子の遺体は発見されていない。
3. グレース・バッドの殺害
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1928年6月3日、フィッシュは10歳のグレース・バッドを自宅から誘い出し、無残に殺した。この事件は2年間も解決を見ず、バッドの家族さえ容疑者だった。
フィッシュが逮捕されたあと、その子は本来目をつけた相手ではなかったことが明らかになった。じつは犯行前、フィッシュは、「田舎での仕事を求む。エドワード・バッド(18歳)、15番街ウェスト406」という広告を目にしていた。
それはグレースの兄エドワードが掲載したものだった。フィッシュはバッド家を訪問し、自分は農家で人手を探していると自己紹介した。もちろん、彼の意図はエドワードを殺すことだ。
フィッシュが2度目にバッド家を訪れたとき、グレースに会って、標的を彼女に変えた。そして両親に自分の姪の誕生会があるのだが、よかったらグレースも参加しないかと嘘をついて誘い出した。
家からグレースを連れ出した彼は、空き家に連れ込んで殺害し、遺体を食った。彼女の頭蓋骨が発見されたのは1934年になってのことだ。
2. 凶行の手紙
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グレース・バッドの殺害後、フィシュは彼女の母親宛に、その殺害方法について記した手紙を送りつけた。
彼女を前もって選んでおいたウェストチェスターの空き家に連れて行きました。家に着いたとき、外で待っているように言いました。
彼女は野花を摘んでいました。私は二階へ行って、服を脱ぎました。血で汚れてしまいますから。準備ができたので、窓のところから彼女を呼びました。
それから、彼女が部屋に入ってくるまでクローゼットの中に隠れました。全裸の私を見ると、彼女は泣きだし、階段から逃げようとしました。彼女を掴むと、ママに言いつけると言われました
常軌を逸した内容に、最初はタチの悪いいたずらだとみなされた。しかしフィッシュは手がかりを残していた。
手紙が入っていた封筒に「N.Y.P.C.B.A.」と記載されていたのだ。ニューヨーク個人運転手慈善協会の頭文字である。この文字からフィッシュが利用していた下宿が明らかになった。警察はそこに張り込み、帰宅したフィッシュを逮捕した。
1. 子供時代の虐待の犠牲者を主張
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New York State Corrections
フィッシュの裁判はわずか10日で終わった。その間、彼は弁護士のジェームズ・デンプシーに自分が家庭的な男であり、彼自身が子供時代の虐待の犠牲者なのだということを陪審員たちに伝えて欲しいと頼んだ。デンプシーは法廷で次のように弁護している。
これらの凶行にもかかわらず、被告には別の側面があります。彼はとても優しい父親でした。彼が自分の子供たちに手を上げたことは一度もありません。家では食事のたびに感謝の祈りを唱えています。
1917年、6人いる子供の末っ子が3歳のとき、妻が家を出て行きました。そのときから1928年にグレース・バッドが殺害されるほんの少し前まで、彼は子供たちの母親であり父親であったのです。
デンプシーはフィッシュの精神に異常があることも指摘した。彼は陪審員に、子供を殺しそれを食うなど、正気の人間が行えるだろうか、と質問した。
むろん、フィッシュが異常であることは誰の目にも明らかだったのだが、有罪とするためにともかく正常であることにした。そして死刑が宣告された。
1936年1月16日、フィッシュはシンシン刑務所で電気椅子に座った。最後の言葉は、「なぜここにいるのか分からん」だった。
References:aiafs / web.archive / criminalminds / murderpediaなど
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